浪曲は三味線を伴奏に物語を語る演芸で、明治時代初期に大成されました。
元々は古くから伝わる浄瑠璃や説経節、祭文語りが基礎になって大道芸として始まりました。その後、大阪の芸人である浪花伊助が新しく売り出した芸が大うけして演者の名前から「浪花節」と名付けられたといいます。後、「浪曲」とも呼ばれるようになります。
庶民的な義理人情に訴える作品が多く、大正時代の終わりから昭和初期にかけて浪曲が大流行し、そのころから、義理人情が主題となる話を「浪花節のような」と言ったりと、一般語となりました。話の題材としては歌舞伎や講談、浄瑠璃、またはその時代のニュースなど多くのジャンルから物語が取り込まれました。
一つの物語を節(ふし)と啖呵(たんか)で演じるのが特徴です。節とは歌う部分のことで、物語の状況や登場人物の心情で、それに対して啖呵は登場人物を演じてセリフを話す部分のこと。浪曲を勉強する時は節よりも啖呵が難しいと言われ、「フシで三年タンカで五年」という言葉が存在します。
<大阪との関わり>
「浪花節」の名前の由来になった浪花伊助が大阪の芸人であったように、その成立は大阪文化を背景としています。現在も節の種類として、関西節と呼ばれる歌い方が存在します。
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