女道楽とは、単独または複数で三味線や唄・踊りを行う演芸です。
落語の寄席では、出演者を書いた番組表に落語の出演を黒で、落語以外の芸能を朱で書きます。そのことから落語以外の芸能のことを「色物」と呼びました。女道楽はその色物のひとつとして演じられてきました。かつては東京(江戸)でも盛んに演じられていましたが現在、東京には継承者がおらず、絶えた芸となってしまっています。
<大阪との関わり>
上方(関西)の女道楽は大正期が全盛で、その後は漫才や漫談に吸収されていきました。
吾妻ひな子(1924-1980)が昭和40年ごろから「女放談」として、「女道楽」を漫談風にアレンジ、三味線を片手に世相を風刺した話芸で人気者となりました。その真骨頂は三味線を弾くと見せかけて弾かずにしゃべり、しゃべっていたかと思うとおもむろに撥を構えるが、やっぱり弾かない、といった感じの洒落っ気のある芸風だったそうです。
その没後、後に続くものがなく耐えてしまっていたのを、復活させたのが内海英華さんです。
|