上方舞とは一般に、近世になって大阪・京都におこった舞踊を総称し、特に着流し姿で屏風の立てまわした座敷の中において、静かに舞う座敷舞(地唄舞)が有名です。なお舞と踊りの違いですが、舞は旋回する静かな動きから"舞"と呼ばれたのに対し、踊りは歌舞伎芝居の大きな舞台で発達したもので、動きが大きく飛び跳ねることから"踊り"と呼ばれます。
<大阪との関わり>
文化年間(1804-1817)に始まった上方舞は、上方の流行り歌である地唄に振りをつけた地唄舞でよく知られています。米の売買で大坂を訪れた各藩の藩士たちを接待する座敷舞としても発展し、武家の嗜みであった能を原作とする「本行物」を中心に、酒席にふさわしい「滑稽物」、切ない恋心を歌った「艶物」など、さまざまな種類の舞を演目として持っています。
※地唄…地酒などと同じくその土地の唄という意味ですが、邦楽用語としては関西の唄を限定して地唄と呼んでいます。
山村流は、文化・文政期(1804-1830)に一斉を風靡していた歌舞伎の中村歌右衛門に振付師として認められた山村友五郎(後に舞扇斎吾斗)を流祖とする、上方舞4流派のうち最も古い流派で、花街はもとより一般の子女の行儀見習いとしても深く浸透しました。谷崎潤一郎が大阪船場の旧家を舞台として書いた小説『細雪』でも、ヒロイン妙子が山村流の有名な地唄舞〈雪〉を舞う場面があります。
※上方舞4流派…井上流・楳茂都(うめもと)流・山村流・吉村流
現家元は六世宗家・山村若。平成18年に創流200年を迎えました。座敷舞であるとともに、初世以来の歌舞伎や文楽の振付も山村流の舞踊に残っています。 |