上方舞とは一般に、京阪神で近世におこった舞踊を総称し、特に着流し姿で屏風の立てまわした座敷の中において、静かに舞う座敷舞(地唄舞)が有名です。なお舞と踊りの違いですが、舞は旋回する静かな動きから“舞”と呼ばれたのに対し、踊りは歌舞伎芝居の大きな舞台で発達したもので、動きが大きく飛び跳ねることから“踊り”と呼ばれます。
<大阪との関わり>
天保時代に始まった上方舞は、船場の商人たちによって道頓堀の芝居小屋中座からお座敷に持ち込まれました。食事の席で鑑賞する為、ほこりが立たないように静かに舞ったことが、現在の上方舞の基本と特徴になっています。地唄で舞うことが多いことから地唄舞とも呼ばれ、能楽の影響も強く受けています。
※地唄…地酒などと同じくその土地の唄という意味ですが、邦楽用語としては関西の唄を限定して地唄と呼んでいます。
山村流は、文化・文政期(1804年〜1830年)に一斉を風靡していた歌舞伎の中村歌右衛門に振付師として認められた山村友五郎(後に舞扇斉吾斗)を流祖とする、上方舞4流派のうち最も古い流派で、花街はもとより一般の子女の行儀見習いとしても深く浸透しました。現家元は六世宗家・山村若。平成18年に創流200年を迎えました。
※上方舞4流派…井上流・楳茂都(うめもと)流・山村流・吉村流
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